Working Group on AI Pause Feasibilityの報告書(v1.0.2、2026年10月26日)の主張を、AGI Hubが日本語で要約したものです。逐語訳ではなく、AGI Hubの見解とは区別しています。

最先端のAIの開発を国際的に止めるべきだという声が、2026年に入って急に広がりました。では、各国の指導者が本気で止めたいと考えたとき、本当に止められるのでしょうか。この問いに、カリフォルニア大学バークレー校などの研究者26人が報告書で答えました。題は「The Feasibility of a Hardwired Pause of Frontier AI Training(最先端AIの訓練を「ハードワイヤード・ポーズ」で止めることの実現可能性)」です。報告書は、AIを動かす半導体チップに停止を組み込めば、10年以上止められると結論づけています。 この記事では、212ページの報告書の要点を図とイラストで紹介します。

補足:この記事の素材と、原文の読み方
  • 報告書:The Feasibility of a Hardwired Pause of Frontier AI Training(Working Group on AI Pause Feasibility、初版2026年10月9日、この記事は10月26日のv1.0.2を読んでいます)
  • 要旨(Executive Summary)と全文をサイトで読めます。
  • この記事は報告書の主張をAGI Hubが日本語で要約したもので、逐語訳ではありません。数字はすべて報告書の推定で、正確な条件は原文で確かめてください。

どんな人たちが書いたのか

円卓を囲んで議論する研究者たち

報告書を書いたのは「AI停止の実現可能性に関する作業部会(Working Group on AI Pause Feasibility)」です。2026年5月に発足し、バークレーとオンラインで毎週集まって議論を重ねました。統計学と哲学の研究者が主宰し、AI研究、軍備管理、経済学、政治学、歴史学の専門家が加わっています。

報告書によると、共著者がすべての主張に同意しているとは限らず、所属機関の見解でもありません。主なメンバーを紹介します。

William Fithian

カリフォルニア大学バークレー校 統計学 准教授(主宰)

Wesley H. Holliday氏とともに作業部会を主宰しました。

Wesley H. Holliday

カリフォルニア大学バークレー校 哲学 教授(主宰)

論理学と社会的選択の理論を研究しています。

Stuart Russell

Stuart Russell

カリフォルニア大学バークレー校 コンピュータサイエンス 特別教授

AIの標準的な教科書『エージェントアプローチ 人工知能』の共著者です。人間の制御を外れたAIの危険を、早くから訴えてきました。

写真:写真:Bengt Oberger(CC BY-SA 4.0)

Rose Gottemoeller

Rose Gottemoeller

スタンフォード大学 国際安全保障協力センター 上級研究員

米国の首席交渉官として、米露の核軍縮条約である新STARTの交渉を率いました。その後、米国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)とNATOの事務次長を務めています。

写真:写真:米国務省(パブリックドメイン)

Barry Eichengreen

Barry Eichengreen

カリフォルニア大学バークレー校 経済学・政治学 特別教授

国際金融と経済史の研究で知られます。報告書では、停止が経済に与える影響の検討に関わっています。

写真:写真:MeJudice(CC BY 3.0)

結論:四つの条件がそろえば、10年以上止められる

報告書が問うのは、止めると決めたときに実際に止められるかどうかです。止めるべきか、本当に止まりそうかは論じていません。米国や中国の指導者が「相手も止めるなら自分も止めたい」と考えている世界を想定し、少なくとも10年止める方法があるかを調べました。報告書は、次の四つの条件がそろえば止められると答えています。

10年以上の停止を支える四つの条件

  • 基板の上に配線が広がる大きなチップ

    1チップの製造を管理する

    各国が協力して、AIチップの製造を管理する

  • 倉庫の棚に並ぶ機器を、一覧表と照らし合わせる人たち

    2既存のチップを見つけ出す

    各国が情報を出し合い、停止前に作られたチップの所在を突き止める

  • チップの箱を積んで橋を架けていく人たち

    3推論専用チップを間に合わせる

    訓練に使えるチップを置き換えられるだけの推論専用チップを、時間内に作る

  • チップの粒が落ちる砂時計と、横に続く階段

    4訓練効率の伸びが速まらない

    停止後に訓練の効率が上がる速さが、停止前の速さを超えない

なぜ「止める」話が出てきたのか

報告書によると、2026年には停止を求める声が研究者の外にも広がりました。6月にはAnthropicが、開発を遅らせたり一時停止したりする選択肢があるのは世界にとって良いと表明しました。7月には最先端AI企業の社員1,000人以上が、開発のペースを意図して調整するための国際的な取り組みを米政府が支えるよう求める書簡に署名しています。9月のウォール・ストリート・ジャーナルの世論調査では、米国の登録有権者の63%がAI開発の一時停止を支持しました。

無数の目を持つ怪物が箱から抜け出し、研究者たちが慌てて駆け寄る

議論が大きく動いたきっかけとして報告書が挙げるのは、2026年夏の出来事です。OpenAI、Anthropic、Metaの3社が、自社のモデルが試験環境の外で他社のコンピュータに侵入したと報告しました。報告書が最も古く、最も重い懸念として扱うのは、人間がAIの制御を失うことです。 アラン・チューリングは1951年に「いずれ機械が支配権を握ると覚悟しなければならない」と書きました。報告書は、今のAI企業でさえ肝心な場面でモデルの振る舞いを確実に制御したり予測したりできていないと指摘しています。

停止が求められるほかの理由

  • 実験机の前で、フードをかぶった人物を警備員が止める

    悪意ある利用

    新しいウイルスを設計できる能力が示された。重みを公開したモデルは安全装置を外されやすい

  • 上の階で鍵を持つ少数の人と、職場を去っていく人たち

    雇用と権力の集中

    パソコンでできる仕事の多くが自動化されうる。人を必要としなくなった政府や企業の力は抑えにくい

  • 同じ顔の肖像が並ぶ壁の前で、写真を見比べる人

    情報環境の崩壊

    本物と見分けのつかない画像や文章が、確かな情報への信頼を崩す

  • 世界地図の上のチェス盤で向き合う黒と青のキング

    米中の対立

    競争が安全対策の手抜きを招く。AIが作った偽の情報で、両国の軍が衝突しかけた例もある

止めれば時間を稼げます。その間に、AIを人間の意図に沿わせる研究(アラインメント)や制御の研究を進め、社会の制度を整えられます。

米中の競争をどう止めるのか

「中国が止めないのに、米国だけ止めるわけにはいかない」。停止の話になると、この反論がよく出ます。米中の競争は囚人のジレンマにたとえられます。両国とも止めれば両国とも競争するより良い結果になるのに、相手が止めたなら自分だけ進めたほうがさらに得をするので、どちらも競争をやめられない、という見方です。報告書は、この見方には二つの見落としがあると指摘します。

両国とも止めたいなら、足りないのは信頼

網を持った狩人たちが鹿を囲み、足元をウサギが逃げていく

一つ目の見落としは、米中の競争が「鹿狩り」のゲームに近いかもしれないという点です。鹿狩りでは、全員で協力して鹿を仕留めるのが全員にとって最善です。けれども相手が持ち場を離れると思えば、自分も確実に捕れるウサギを追います。技術者の中には、世界を危険にさらしたくはないが、ほかが作るから自分も作るしかない、と語る人がいます。報告書はこうした言葉を、全員にとって最善の協調に届いていない状態だと読みます。この場合、米中に欠けているのは止める動機より、相手も止めると信じられる根拠です。

囚人のジレンマと鹿狩りの違い

囚人のジレンマ

鹿狩り

相手が止めたとき

囚人のジレンマ自分は進めたほうが得

鹿狩り自分も止めたほうが得

いちばん良い結果

囚人のジレンマ自分だけが進めること

鹿狩り両国とも止めること

止められない理由

囚人のジレンマどちらも抜け駆けしたい

鹿狩り相手の抜け駆けを疑っている

報告書は、競争を続けても得るものが小さいと両国が気づけば、この形に近づくと見ています。最先端を切り開くには巨額の投資が要るのに、追いつくのは安く済みます。強いモデルの出力で別のモデルを訓練する「蒸留」を使えば、先行されてもすぐに差を詰められるからです。そうなると競争は、費用とリスクがかさむだけで決定的な差がつかない、終わりのない走り込みになります。報告書はさらに、競争が人類の滅亡のリスクを高めるのに、それに見合う利益がないなら、両国とも止めることが唯一の合理的な選択になりうる、という議論も紹介しています。

一回きりの勝負ではない

二つ目の見落としは、米中の勝負が一回きりではないという点です。両国は一度だけ手を選んで別れるわけではありません。互いの動きをある程度見ながら、止めるか進めるかを何度も選び直します。ゲーム理論では、こうした繰り返しの勝負なら、一回ずつの勝負が囚人のジレンマでも、協調を続けることが合理的になりえます。報告書はそのための条件を三つ挙げています。

報告書が重く見るのは三つ目の条件です。両国が同じ情報を見られれば、比較的単純な取り決めでも協調を保てます。チップに組み込んだ検証の仕組み、計算資源の記録、査察の結果を参加国で共有すれば、その共通の情報になります。ゲーム理論は停止の国際協調を否定せず、協調を続けられる条件を示している、というのが報告書の結論です。 報告書が後半で、抜け駆けに要るチップの数や全数調査を細かく見積もるのは、この条件を満たせるかを確かめるためです。

米国と中国が止めたくなるとき

報告書は、米中それぞれが止めたいと考える条件も検討しています。両国は、相手が自国の技術に隠れた入口を仕込んでいると長く疑い合っていて、どんな検証の提案もこの疑いの目で見られる、と報告書は認めます。それでも、悪意ある利用、重要インフラの弱点、意図しない衝突の拡大、人間が制御を失うことへの懸念は、両国に共通しています。

米中が止める側に回る条件

米国

中国

止めにくい理由

米国最先端を走っているぶん、止めると失うものが大きい

中国合意が米国の輸出規制の延長に見える

止める側に回るとき

米国リードを保ち続けられるという自信が揺らいだとき

中国最先端の訓練を続けると自国の安全が損なわれると判断したとき

手がかり

米国半導体の設計や同盟国のサプライチェーンで握る優位が、合意を作って守らせる力にもなりうる

中国習近平国家主席が9月の首脳会談で、AIを人間の制御のもとに置く「能力と責任」が米中の両方にあると述べた

中国が加わるには、合意が米国の輸出規制の延長ではなく、米国にも守る動機があると信じられることも要る、と報告書は見ています。中国のAI安全ガバナンスの枠組みも人間がAIの制御を失うリスクを扱っていますが、中国でいう「制御の喪失」は西側とは違う意味で使われることが多い、とも断っています。

監視の仕組みをどう作るかについて、報告書は核兵器や化学兵器の軍備管理の歴史から四つの教訓を挙げています。

原子力発電所の前で、記録板を手に施設を確かめる査察官たち

ハードワイヤード・ポーズとは何か

報告書は、停止を各国の約束だけに任せず、チップそのものに組み込む方法を検討しています。参加国は少なくとも次のことを行います。

「推論」はできあがったAIに質問して答えを出させる使い方です。「訓練」はデータを読ませて新しいAIを作る作業です。報告書の案では、今あるAIは使い続けながら、より強いAIを作ることだけを止めます。利用者のプロンプトの中身を規制しなくてよく、大規模な監視も要りません。チップのサプライチェーンを管理すれば足りる点も、この案を選んだ理由に挙げています。

1鍵は、モデルを回路に焼き付けたチップ

報告書は推論専用チップの代表として、MSIC(モデル専用集積回路)を挙げています。製造の段階で、一つのモデルの構造と重みを金属の配線に固定します。汎用のGPUのように重みをメモリから読み出さないので、速く、電力も少なくて済みます。

重みを焼き付けたチップは、1人あたり約48倍速い(汎用GPUのB200が毎秒353トークン、推論専用チップのTaalas HC1が毎秒17,000トークン)

このチップはすでに商用で動いています。Taalas社のHC1はMetaのLlama 3.1 8Bを焼き付けたチップです。同社は重みを受け取ってから約2か月でどのモデルもチップにできるとしています。ただ今は新しいモデルが毎月のように出るので、焼き付けたチップはすぐ古くなります。使えるモデルの一覧が固定されれば、この弱点が消え、専用チップのほうが有利になります。 つまり停止すれば、推論専用チップの開発が進みやすくなります。

2訓練用チップを、四段階で置き換える

一時停止の標識を掲げた人々が、遠くへ延びる道の入り口に集まる

報告書は、置き換えを四つの段階で進めると想定しています。

訓練用チップから推論専用チップへの置き換え

  • 1合意の前

    経済的な理由で、推論の一部はすでに専用チップへ移り始める

  • 2設計と生産の準備

    合意と同時に始まる。チップの全数調査と、訓練に使わせないための検証を進める

  • 3管理しながら置き換える

    推論専用チップの量産が始まり、訓練用チップを下取りや買い戻しで回収する

  • 4推論専用チップが主役になる

    推論のほとんどを専用チップが担い、停止が長続きしやすくなる

推論専用チップの開発にかかる期間について、報告書は過去の例を調べています。GoogleのTPU v1は15か月、Taalas HC1は約30か月、Etchedの第1世代は約36か月かかりました。AIに設計を手伝わせたOpenAIのJalapeñoは約26か月です。これらから、一から始める会社でも、合意から量産の開始までおおむね26か月以内に収まると見積もっています。

3「乾いた薪」をためない

山積みの薪の横で小さな火がくすぶり、人が薪を小屋へ運び込む

推論だけを認める停止案はほかにもあります。報告書がハードワイヤード・ポーズを勧める理由は、訓練に使えるチップがたまらないことにあります。停止中も訓練用チップを作り続ければ、世界に積み上がったチップが、競争が再開したときの燃料になります。報告書はこれを「乾いた薪」と呼びます。

訓練の能力はためずに、推論の能力だけを伸ばしていく。

一方で、チップの製造網そのものを解体する案もあります。ハードワイヤード・ポーズは、限られた量の薪を限られた期間だけ残し、利用者向けのサービスは止めずに続けます。

抜け駆けをどう防ぐか

4条約が備えるべき三つの抜け駆け

想定する三つの抜け駆け(2026年末に停止した場合)

  • 暗い部屋でサーバーを操作し、窓から外をうかがう人たち

    民間による隠れた訓練

    企業などが上限を超えるモデルをひそかに訓練する。条約の上限は2×10²⁴ FLOP(訓練に使う計算の量)

  • 幕の陰でサーバーを隠す男たちと、それを見張る人

    国家による隠れた訓練

    国が条約を守るふりをして、戦略的に有利なモデルをひそかに作る。必要なチップはH100換算で640万枚

  • 建設中のデータセンター群を背に、演台で書類を破る政治家

    国家による公然の離脱

    国が大量のチップを集めて条約を破棄し、決定的に有利なモデルを急いで作る。必要なチップは1億8,000万枚

報告書は2026年末の最先端の訓練規模を約2×10²⁷ FLOPと見積もっています。最先端の訓練に使う計算量は、この5年ほど18か月ごとに10倍のペースで増えてきました。条約上の上限はそれより3桁低く置いています。報告書の考えでは、小さなモデルの訓練は隠せても、最先端を超える訓練には数十万から数百万枚のチップが要るので隠しきれません。

5今は、抜け駆けに必要な量に誰も届かない

公然の離脱に要るチップは、世界の全チップより多い(H100換算で、中国の保有310万枚、隠れた訓練に必要な量640万枚、米国の保有3,500万枚、世界全体4,700万枚、公然の離脱に必要な量1億8,000万枚)

公然の離脱に要る1億8,000万枚は世界の全チップを合わせた4,700万枚より多い量です。そのため、公然の離脱はすぐの脅威にはなりません。ただし、停止中もチップが増え続ければ、いずれその量に届きます。だから乾いた薪をためないことが大事になります。

隠れた訓練に要る640万枚は、中国の保有量の約2倍です。米国は量としては足りますが、検証の目を盗んでこれだけのチップを動かすのは難しいと報告書は見ています。

6製造の要所は各国に散らばっている

AIチップのサプライチェーンには、いくつもの要所があります。最先端の露光装置を作れるのはオランダのASMLだけです。装置は約5,000社から集めた10万点の部品でできていて、運ぶには貨物機3機が要ります。光学部品はドイツのツァイスが、露光の前後に使う塗布・現像の装置は東京エレクトロンが、ほぼ独占しています。最先端の製造は台湾のTSMCが担っています。報告書は、どこか一国がこの製造網を丸ごと自前で作り直すのはきわめて難しいと見ています。

報告書は最初の参加国に米国、中国、EU(特にドイツとオランダ)、英国、台湾、韓国とともに日本を挙げています。最先端のチップ製造と最先端モデルの訓練を、ほぼ独占している国と地域です。

7停止前のチップは、ほとんど見つけ出せる

既にあるチップをどう数えるのかも、報告書は詳しく検討しています。AIチップは高価な設備なので、購入時の税控除の記録や工場の販売記録など、書類の跡が残ります。ほとんどは大企業が持ち、帳簿で管理しています。申告すれば推論サービスに使えるという得もあるので、隠すより申告したほうが商売になります。

丁寧に全数調査をしたとき、見落とすチップの推定(H100換算、保守的な見積もり)

米国

中国

保有量

米国3,500万枚

中国310万枚

見落とし

米国約1万2,000枚

中国約1万1,000枚

ただし、チップを隠して横流しする国があれば話は変わります。報告書は調査にどれだけ協力するかで場合を分けて検討しています。

停止は何年もつのか

ダムの壁に足場を組み、ひびを補修する作業員たち

長く止めるうえでいちばんの問題は、訓練の効率が上がっていくことです。アルゴリズムやデータの改良が進むと、同じ数のチップでより強いモデルを作れるようになります。停止を続けるには、抜け駆けに使えるチップの量を、効率が上がる速さに合わせて減らしていく必要があります。

規模を固定して測ると、効率の伸びは目安以下(1年あたりの訓練効率の伸びは、Hoほか2024が2.7倍、Patel・Han 2026が1.57倍、Gundlachほか2025が1.45倍。停止が10年もつ目安は約1.58倍)

報告書の見立てでは、効率の伸びが5年で10倍を超えなければ、停止は少なくとも10年もちます。 5年で10倍はムーアの法則の「18か月で2倍」とほぼ同じ速さです。規模を固定した実験で測った過去の伸びは、この速さかそれ以下でした。1年に2.7倍という大きな推定もあります。ただ報告書によれば、その伸びの大半はTransformerとチンチラ則という二つの発見によるもので、どちらも訓練の規模を大きくするほど効く方法でした。停止で規模が止まれば、こうした伸びは出にくくなります。最先端の規模で新しいアイデアを試せなくなること、企業の研究が普及の側へ移ることも、伸びを鈍らせる理由に挙げています。

ただし、効率が10倍になる前に二つの課題を片付ける必要がある、と報告書は言います。

効率が10倍になる前に片付けるべき二つの課題

公然の離脱のリスク(とくに米国)

隠れた訓練のリスク(とくに中国)

何が問題か

公然の離脱のリスク(とくに米国)推論サービスのために残している訓練用チップ。国が接収すれば離脱の燃料になる

隠れた訓練のリスク(とくに中国)申告されないチップ。横流しされたチップの量が分からない

どう片付けるか

公然の離脱のリスク(とくに米国)推論専用チップに置き換え、訓練用チップを国外や中立の場所へ移す

隠れた訓練のリスク(とくに中国)全数調査を最後までやり切る

報告書は、この二つを片付けられれば、効率がさらにもう10倍上がっても停止は持ちこたえられると評価しています。全数調査は相手国の協力がなければ難しいので、米中が協調して進めれば格段に長続きし、一方が他方に押しつける形では長続きしにくい、とも述べています。

経済は崩れないのか

店やオフィスが並ぶ明るい街並みと、奥で建設が続くビル

最先端の訓練を止めると経済が崩れる、という懸念があります。米国のGDP成長の4割近くがAI関連の投資によるという推計や、AI関連企業がS&P 500の3分の1を超えることが根拠です。報告書は、停止しても経済が崩れるとは限らないと答えています。

使えるモデルが固定されると、利用のほとんどはモデル専用チップへ移ると報告書は試算しています。最も不利な条件でも、利用量の96%が専用チップで処理されます。停止が1年で崩れると企業が見込む場合でも86.5%です。推論の費用は8割前後下がり、その一部は利用者に還元されると見込んでいます。

この案の代償と、残る課題

天秤の左に鍵とカレンダー、右に盾と芽を載せて考え込む人

報告書は、この案で減らせるリスクと代償の両方を挙げ、AIの問題すべてに効く策ではないと断っています。

減らせるのは、さらに強いAIの悪用、人間が制御を失うこと、人間が少しずつ力を失っていくこと、権力の集中です。「悪用を防ぐため」を口実に社会全体を監視するような事態も避けやすくなります。

一方で、代償もあります。チップの生産と配備を監視する新しい負担が生まれます。先行する企業の地位が固まるおそれがあり、政府が生んだ寡占として規制が必要になるかもしれません。大規模な再訓練ができないので、モデルの安全上の弱点は別の方法で直すしかありません。モデルの知識は古くなっていき、その時点の価値観や偏りが固定されることもあります。ただ報告書は、AIより人間のほうが状況をよく分かっている状態が保たれ、道徳の判断をAIに頼りすぎずに済む面もある、と両方を書いています。そして、今のモデルがもたらす害には、停止とは別の対策が要ります。

各国が「止めたい」と考えるのはどんなときか

報告書は、各国の指導者が止めたいと考えるようになる道筋もいくつか示しています。たとえば、より強いAIによる混乱や災害を避ける費用や、実際に被る費用が、競争で得られる利益を上回ったときです。最先端を進める費用が膨らみ、すぐ後を追う国に数か月先行しても得るものが小さくなったときも挙げています。そうなれば、この報告書の分析が止め方を選ぶ材料になると述べています。

少なくとも執筆時点では、指導者にはまだ、止めるか競争を続けるかを選ぶ余地がある。

報告書はこの言葉で結ばれています。

AGI Hubとのつながり

報告書は、推論専用チップやチップ製造の停止を先に提案した研究として、米国の研究機関MIRI(機械知能研究所)の技術ガバナンスチームの論文をいくつも引いています。そのうちの一つ、超知能の早すぎる開発を防ぐ国際合意の条約案は、AGI Hubが日本語に翻訳して公開しています。AGI Hubの主任研究員 林央は、MIRIのアウトリーチ日本責任者を兼務しています(就任のお知らせ)。

よくある質問

質問

この報告書はAGI Hubの見解ですか?

回答

いいえ。カリフォルニア大学バークレー校などの研究者による作業部会の報告書を、AGI Hubが日本語で要約して紹介したものです。報告書の主張とAGI Hubの見解は区別しています。報告書自身も、共著者全員がすべての主張に同意しているわけではないと断っています。

質問

停止したら、今使っているAIも使えなくなりますか?

回答

報告書の案では使えます。止めるのは新しい最先端モデルの訓練で、停止の時点で公開済みのモデルのうち安全と判断したものは、一覧に載せて使い続けます。推論専用チップで、むしろ速く安く使えるようになると報告書は見ています。

質問

日本は関係ありますか?

回答

報告書は最初の参加国の一つに日本を挙げています。露光の工程で使う塗布・現像の装置を東京エレクトロンがほぼ独占しているなど、日本はチップのサプライチェーンの要所を握っているためです。

質問

報告書の数字はどこまで確かですか?

回答

チップの保有量や訓練効率の伸びは、公開データと過去の研究から推定した値で、幅があります。報告書は計算に使ったコードをGitHubで公開しています。推論専用チップの試作設計も別のリポジトリで公開されています。

補足:この記事の写真とデータの出典